2010年11月19日金曜日
■「長友さん送別会」
2010年11月18日木曜日
■「五反田ホルモン」
2010年11月17日水曜日
■「スポーツに坊主は必要か?」
「スポーツに坊主は必要か?」という企画を、大真面目に金子達仁氏のブログで展開している。自分も中学1年生は強制的に坊主だった。暁星も中学までは坊主だった。(自分は高校入学だったのでギリギリセーフ) 坊主にすれば強くなれるわけではないが、somethingはあるようだ。以下、国見高校サッカー部に関する記事を抜粋。
国見高校サッカー部は、全部員が坊主、である。部内の規則であり、入部するための条件となっている。これは、近年の高校サッカー部においては珍しい.。全国大会を見ても全部員が坊主の高校は、一大会、片手で数えられる程である。クラブチームの台頭もあり、サッカーという競技において、坊主は明らかな少数派の髪型なのだ。
「なぜ、坊主なのでしょうか?」 監督である高橋精一郎は「どうしてなんでしょうね」と笑い、続けた。「勝利を目指していくための昔からの伝統ですね。先輩達が築いてきたものを、崩したくないのでね」 サッカー部が坊主となったのは、小嶺忠敏の在任中の出来事であったという。 1984年から2007年まで指導した小嶺は、在任中に6度の高校サッカー選手権優勝、5度のインターハイ優勝を成し遂げている。 小嶺が就任した。坊主となった。サッカー部は躍進を遂げた。そして、強い国見は坊主である。84年から積み上げてきた歳月によって、プレーする生徒、憧れを持つ中学生、保護者、地域の住民、OBといった国見高校サッカー部に携わる全ての人にとって、坊主という髪型が部の象徴となっていった。
現在コーチを務める堀川は、「先輩方が作られた国見の伝統の上に私達がいるので、そこを崩すわけにはいかない」と言う。堀川は国見高校出身で、同期には大久保嘉人(ヴィッセル神戸)がいる。 実を言えば、高橋をはじめ指導者側の個人的な考えとして、坊主頭に対して執拗なこだわりを持っているわけではない。しかし、一個人の考えだけで、伝統を変えることはできないのだという。「僕たちは伸ばしてもいいんですよ。コーチはOBなので、髪を伸ばすか、伸ばさないかという髪型についてのは話します。しかし、長髪になったら国見ではないなって思ってしまう。そこは、伸ばしてもいいかなという気持ちはあるが、譲れないだろうと。長髪でピッチに立つようであれば、国見でなくなってしまう部分もある」 関取がまげを結うように、読売巨人が髭と茶髪を禁止しているように、国見高校サッカー部には坊主が存在し、長髪を禁止している。仮に髪を伸ばしたら、国見が国見でなくなるという危機感もある。 では、部として築き上げた伝統は、サッカーという競技の観点からすれば、どのような利点があるのだろうか。
高橋はまず、競技に対しての集中力、をあげた。「生徒達は、髪が長いとそっちの方に神経がいってしまいますね。整髪料をつけて整えてお洒落をしたり、手入れをすることが必要になってきますよね。ただ、坊主だとその必要はないですよね。その分競技に集中できる。髪が長いと切らないといけないけれど、坊主ならバリカンがあればいい。経済的にも楽ですよね」
国見高校の練習は、絶対量として多い。朝練習は6時から始まる。授業後は16時から19時半まで練習して、寮だと22時半に消灯する。土日は一日中、9時から16時もしくは17時まで、練習試合も交えて行っている。練習時間が長いから、髪を切りに行く時間もない。坊主にするときは、部員同士が寮で頭を剃りあっている。 練習する時間を削り、サッカーを疎かにしてまで髪を整える必要はない。生徒がサッカーに集中できる環境を作りたい。無駄なものをそぎ落とし、サッカーのみに向き合う時間を増やす。お坊さんが世俗からの離脱の意味で髪を剃ることと、極めて近い理由が存在している。
また、団結の強さ、にも影響している。
「例えば、髪を五厘にしたからと言って、選手が技術的に上手くなるわけではないですよ。しかし、チームとして、意思を統一することに繋がってくるかもしれないですね。髪を伸ばしたいけれども、伸ばさないという共通理解を作る。一つの目標に向かって団結して、頑張ろうっていうところに繋がっていくと思います」 堀川も同様の理由をあげた。「協調性を養う一環として、坊主ですね。これは日本的な考えなのかと思います。海外だとチームを強くするために、個々の選手の力を伸ばすと思うんですね。でも日本だと、部活動に関しては3年間同じ場所、同じ仲間なので、まずは統一を図らないといけない」 国見高校出身の堀川は、実際に選手としてグラウンドに立っている。生徒からすれば「強制であることは否めない」という事実を経験したうえで、坊主であることの利点を理解している。「坊主にすると、まず人の目につくじゃないですか。人の目につくことによって、人前に出ることに対して臆する気持ちはなくなりましたね。だから、選手権など人の目につくところに全員で出ると、団結力がでてくるんですよ」 当然、プレーにも影響が出てくる。
「僕達は自分たちのことを、百姓サッカーと言っていたんです。農民が一揆を起こすのと同じ意味合いですね。みんなが全員で攻撃して全員で守る。その意識というのはチーム力。つまり、統率力ということですもんね。その意識を植え付けるために、小嶺さんが坊主頭にしたんじゃないかと思うんです」 高橋、堀川の話から坊主にする利点として、競技への集中、団結の強さ、の二つがあげられた。坊主という髪型は、技術面を向上するための補助の役割を果たしている。
しかし、坊主という髪型自体を、全ての生徒たちが好んでいるわけではない。今でこそ坊主で、その魅力や利点を知っている堀川も、当時、ビジュアル的には好きではなかったという。他の部員に関しても、「本音の部分ではしたくなかったのでは」と思っている。 現在、FC琉球に所属する永井秀樹も、国見高校出身である。 永井はプレーからも容姿からも、39歳という年齢は想像できない。沖縄の太陽で焼けた浅黒い肌に、より金に近い茶色の髪を短くして整えている。 「そりゃ、坊主は嫌だったよ。ありえない」 永井も坊主は好んでいない。
だが、永井も、堀川も、嫌ではあるものの坊主にして、国見高校サッカーに入部している。理由は一緒であった。「国見高校でプレーしたい」からである。国見高校で坊主にしてプレーするか。髪型は自由な他校でプレーするか。二人とも前者を選んだ。強い国見でプレーしたい。上手くなりたい。レベルの高いサッカーがしたい。サッカー選手としての向上心と願望は、坊主に感じる抵抗と嫌悪を、優に勝るものであった。 国見高校に入る生徒でも、永井や堀川のように坊主のビジュアルに抵抗を覚えていた生徒もいる。むしろそちらの方が多数派である可能性が高い。坊主が嫌で、国見への入学を拒否する人もいる。また、OBのJリーガーをみれば、どの髪型が好まれ、好まれていないかがわかる。
それでも、坊主は続いている。
理由は、ひとつに高橋が述べた伝統の力である。他校ならまだしも、国見であるから変えない。強さの象徴でもある伝統は、小嶺が去った後も、監督として守らなければならない。指導者側として考えても、利点はある。そして、もうひとつ。
部活特有の縦社会、である。高橋は言う。「昨年度に卒業した生徒に選手権の後、来年から髪を伸ばさせようかなと言ったんですよ。そしたら生徒達が『先生、それはやめさせてください』と。普通だったら、別にいいんじゃないですかって言うんだけど、『自分たちが坊主だから坊主でしょ』って。自分達が卒業した後に、長髪とかになると嫌なとこもあるじゃないですかね」
坊主の精神面での役割を「本当に強い奴らなら、坊主にしなくても強い」と言い、仮に高校の監督になったならば「髪も服装も生徒に全て自由にやらせ、考えさせる」という永井でさえも、母校の国見高校に関しては、坊主でないといけない、と言っていたという。 頑張った。耐えた。抑制した。自分達も坊主だから、お前達もな。先輩と後輩が築く関係も、坊主が続いている理由である。 また、部外からも国見の坊主を賞賛する声が上がっている。昨年度、2年ぶりに高校選手権に出場した際、全国から「青と黄のユニフォームで坊主頭の選手が走ったときは嬉しく思いました」という手紙が多数寄せられている。
高橋は、やめてもいいと感じる部分はありながらも、国見にとって坊主は欠かすこのできないものだと思っている。
「国見にとって、髪型はユニフォームの一つなんですよ。青と黄色の上下のユニフォームを着て、練習で焼けた黒い肌で、坊主頭。どれ一つひとつが欠けても国見ではないんです」 高校サッカーのなかでは、少数派となった坊主頭も、国見ではこれからも続くだろう。 根拠ははある。 髪に気を使わなくてもいいし、団結力や統率力もつく。そして、何より、国見高校サッカー部だからである。
しかし、国見の選手が大学進学して東京に出てくると、高校の反動から98%茶髪になるのを見て、「痛いな」と現役時代思った。最近は、そもそも茶髪が流行らないからあまり見かけない。逆に、茶髪の選手がいると、若気の至り丸出しで、新鮮というか、「一人バブル」というか、何とも哀愁が漂う…。
【所要時間:30分】
■忘れもしない丸坊主
暁星高校3年生の時、林監督に怒られて、3年生でミーティングして、反省を態度で示そうと話がまとまり、キャプテン山藤が「頭丸めよう!」と。素直な俺は、その日、新所沢駅の閉店まぎわの床屋に飛び込み、綺麗に丸坊主にした。翌朝、学校に行ってみると、3年生で丸坊主にしている人が約半分のみ。残りは昨日と変わらない髪形。一番タチが悪いのは中途半端な丸坊主=ベリーショートな奴。お前、それ坊主じゃねーぞと。未だに、同期会で、坊主した派と、しなかった派に分かれる。しかし、そもそも、キャプテン山藤の基本の髪形が、限りなく坊主に近かったことを俺は忘れない。
俺とベトは丸坊主した派。福田と上田はしない派。福田に至っては、「丸坊主の非合理性」を偉そうに説いていた。
2010年11月16日火曜日
■「ポンテ涙のヒーローインタビュー」
2010年11月15日月曜日
■「練習試合vs中央大」
2010年11月13日土曜日
■「リーグ戦21節vs法政大/BRB・東京大学ホームカミングデイ」
11:30 @川口市青木町公園総合運動場
×2-4(1-0)法政大学
→公式記録はコチラ
【得点者(アシスト者)】
4分 慶大 風間荘志
52分 法大 7番
61分 法大 18番
72分 法大 29番
83分 法大 オウンゴール
89分 慶大 笠松亮太(河井陽介)
【慶應先発】
GK 中川翔太(3年・國學院久我山高)
DF 横川達郎(4年・渋谷教育学園幕張高)
DF 笠松亮太(3年・東京ヴェルディ1969ユース)
DF 三上佳貴(4年・藤枝東高)
DF 田中奏一(3年・FC東京U-18)
MF 藤田息吹(2年・藤枝東高)
MF 日高慶太(3年・桐蔭学園高)
MF 深澤良(4年・清水東高)
MF 加美義人(4年・済美高)
FW 河井陽介(3年・藤枝東高)
FW 風間荘志(3年・暁星高)
【慶應サブ】
GK 小島一輝(3年・愛知高)
DF 甲斐公博(2年・横浜F・マリノスユース)
DF 赤木努(2年・大宮アルディージャユース)
MF 大塚尚毅(3年・滝川第二高)
MF 山浦公裕(2年・FC東京U-18)
FW 森田達見(2年・川崎フロンターレU-18)
FW 川久保理(2年・國學院久我山高)
【慶應交代】
66分 加美義人→山浦公裕
66分 深澤良→森田達見
79分 日高慶太→川久保理
1本目 1-1
6分 東大 99
23分 慶應 甲斐 (和田)
2本目 2-0
15分 慶應 飯島 毛利
16分 慶應 甲斐
3本目 0-0
4本目 1-1
2分 東大
24分 慶應 富永、26(東大助っ人)
◆メンバー
キーパー 中野さん(東大)
1本目
DF 吉田たか、げんき、大野
MF 富永、市川、慶一、小坂井、和田
FW 甲斐、毛利
2本目
キーパー 中野さん
吉田たか、げんき、富永、小坂井、市川
長野、毛利、和田
甲斐、飯島
交代19分
和田→七戸
小坂井→吉田
3本目
和田、げんき、平末、がり
七戸、航さん、大野、永野
慶一、飯島
交代12分 七戸→小坂井
■「Jリーグにも巨人を 」
■2010年11月12日 日経新聞朝刊 武智幸徳
※過去記事も、記事スクラップもできる、日経電子版オススメ。
【所要時間:15分】東京に新しい形のクラブを。
第21節 11月13日(土) 11:30Kick Off
@川口市青木町公園総合運動場
慶應義塾大学 vs 法政大学
残り2試合!
2010年11月12日金曜日
■「20歳のときに知っておきたかったこと。」
いま、手元に5ドルあります。2時間でできるだけ増やせと言われたら、みなさんはどうしますか? これは、わたしがスタンフォード大学で実際に学生に出した課題です。クラスを14チームに分け、各チームには、元手として5ドルの入った封筒を渡します。課題にあてられる時間は水曜日の午後から日曜日の夕方まで。このあいだ、計画を練る時間はいくら使ってもかまいませんが、いったん封筒を開けたら、2時間以内にできるだけお金を増やさなくてはいけません。各チームには、実際にどんなことをしたのかを1枚のスライドにまとめ、日曜日の夕方提出してもらいます。そして、月曜日の午後、チーム毎に3分間で発表してもらいます。学生たちに起業家精神を発揮してもらおう――常識を疑い、チャンスを見つけ、限られた資源を活用し、創意工夫をしてもらおうというわけです。
おなじ課題を出されたら、みなさんならどうしますか? いろんなグループにこの質問をすると、たいてい「ラスベガスに行く」とか、「宝くじを買う」と言う人が出てきます。ドッと笑いが起きます。こういった人たちは、大きなリスクを取って大金を稼ぐという、ごくごく低いチャンスに賭けているわけです。次によくあるのは、5ドルで道具や材料を揃えて、「洗車サービスをする」、あるいは「レモネード・スタンドを開く」といった答えです。2時間のあいだに、使ったお金よりも多少儲けようという人にとっては、それもいいでしょう。ですが、わたしが教えた学生のほとんどは、こうしたありきたりな答えのはるかに上を行く方法を見つけました。できるだけ多くの価値を生み出すために、課題に真剣に向き合い、常識を疑った結果 ――豊かな可能性に気づいたのです。
2010年11月11日木曜日
■「リスペクトされるアスリート」
チームが逆転負けしたうえに、本人がハンドの反則でPKを取られた後にもかかわらず、快く応対してくれたことに一行は恐縮した。しかも2日後、長谷部から、こんなメールが届いた。「あんな負け方だったので、どうしても気持ちがあがらず、暗い感じになってしまい、すいません。みなさん、お気をつけて旅を続けてください」。この心遣いに視察団は感銘を受けた。
ウォルフスブルクに限らず、視察先のクラブはどこも気持ちのいい態度で受け入れてくれたという。クラブがもてなしの心で満ちている。視察を先導したJリーグ・スタジアムプロジェクトの佐藤仁司さんは「立派なハードだけつくってもダメなんでしょうね。欧州のクラブは、素晴らしいハードと素晴らしいホスピタリティーをセットで備えている」と話す。
スコットランドのハーツでは他の観客とともに、試合前後にラウンジで飲食のサービスを受けた。その席にチームOBや若手選手、ハットトリックをした選手らが顔を出し、各テーブルを回って歓談に加わったという。若手選手にもそうした機会を与えているのは、もてなしの心をはぐくむ教育の一環らしい。
視察団はカルチャーショックを受けて帰ってきたが、こうしたホスピタリティーは欧州のクラブでは当然のものなのだろう。長谷部もそうした環境の中でプロとして鍛えられている。だから、あの心のこもったメールをさらりと送ってきたのだろう。(吉田誠一)
■欧州サッカー(ロナルド・レング)バルサ学校の教え 「謙虚が美徳」は例外的
リーガ・エスパニョーラ(スペインリーグ)のバルセロナでプレーしたことのあるMFフレブ(バーミンガム)が昨季、身を寄せたシュツットガルトでチームメートにこんな話を聞かせた。 「バルサが欧州チャンピオンズリーグで優勝したとき、ドイツ車が選手にふるまわれることになったんだ。モデルを自由に選べると聞き、僕は最高級のタイプをお願いした。そしたら同僚のシャビがとがめるんだよ。もっと小さな車でいいじゃないか、タダでもらえるのだから欲張ってはいけないよって」 ぜいたくに慣れたフレブも、やがて悟った。バルサ生え抜きの選手は「謙虚」なのだ、と。この言葉がこれほど当てはまるクラブは、ほかにあるまい。バルサとは、なにより選手の考え方を鍛えるクラブなのである。 「最高の選手=自らのプレーで同僚の成長を手助けする。偉大な選手=自分がチームの一員であるのをつねに忘れない」。これがバルサ学校の教え。この土壌ができているから、メッシやシャビ、イニエスタらは自分をスーパースターだと思いあがることがない。シャビは言った。「僕らは子供の頃からこのクラブにいるから、自然と慎みが身についてる。ふだんの態度同様、プレーもエレガントであろうとする」。慎みあってのエレガント、というわけ。
バルサ流のサッカーでスペインがこの夏のワールドカップ(W杯)を制して以来、サッカー界は「ちっとも偉ぶらないバルサ風の選手」を求めるようになったかにみえる。 ど派手でごう慢、90分間絶え間なく光り輝こうとするクリスティアーノ・ロナルド(レアル・マドリード)のような「フラッシュ・ゴードン」タイプは、この趨勢(すうせい)に押されて、どこやら居心地が悪そうだ。 もっとも、このエレガント信仰は一過性の流行にとどまるのではないか。多年の辛苦にめげもせず、自分の畑で選手を育てて実りのときを迎えたバルサは、あくまでも例外的な存在だからだ。 シャビは休みの日によく「きのこ狩りに出かける」(グアディオラ監督)という。 この振る舞いもサッカー選手としては奇行の部類に属し、高級車を乗り回してガールハントに精を出す面々が、こぞってシャビに倣うようになるとは到底思われない。(スポーツジャーナリスト)
2010年11月10日水曜日
2010年11月8日月曜日
■「歓送迎会?!」
2010年11月7日日曜日
■「リーグ戦⑳vs拓殖大 素敵なプレゼント。」
→公式記録はコチラ
34分 慶大 加美義人(河井陽介)
【慶應先発】
GK 中川翔太(3年・國學院久我山高)
DF 黄大城(3年・桐生第一高)
DF 笠松亮太(3年・東京ヴェルディ1969ユース)
DF 三上佳貴(4年・藤枝東高)
DF 田中奏一(3年・FC東京U-18)
MF 松下純土(1年・國學院久我山高)
MF 日高慶太(3年・桐蔭学園高)
MF 横川達郎(4年・渋谷教育学園幕張高)
MF 加美義人(4年・済美高)
FW 河井陽介(3年・藤枝東高)
FW 深澤良(4年・清水東高)
【慶應サブ】
GK 小島一輝(3年・愛知高)
DF 甲斐公博(2年・横浜F・マリノスユース)
DF 香川佑介(2年・横浜FCユース)
MF 大塚尚毅(3年・滝川第二高)
MF 山浦公裕(2年・FC東京U-18)
FW 風間荘志(3年・暁星高)
FW 森田達見(2年・川崎フロンターレU-18)
【慶應交代】
45分 深澤良→風間荘志
45分 松下純土→大塚尚毅
74分 加美義人→山浦公裕
2010年11月6日土曜日
■「尖閣ビデオ流出で得したのは?」
新聞、テレビで大きく報道されているが、
結局、一番得したのはYouTube(Google)ってのは、
確かに納得。
→コチラのブログを参照
★本日、新橋のSL広場で将棋大会が行われてました。
古本市とか、結構、SL広場って色んなイベントやってるんだよな。 SL広場貸切の場所代とか幾らくらいなんだろうか?
2010年11月4日木曜日
■「浅草橋やきとん」
■「リーグ戦⑲vs流経大 残留決定」
13:50 @龍ヶ崎市陸上競技場たつのこフィールド
【得点者(アシスト者)】
20分 慶大 深澤良
50分 慶大 日高慶太(加美義人)
【慶應先発】
GK 中川翔太(3年・國學院久我山高)
DF 黄大城(3年・桐生第一高)
DF 笠松亮太(3年・東京ヴェルディ1969ユース)
DF 三上佳貴(4年・藤枝東高)
DF 田中奏一(3年・FC東京U-18)
MF 藤田息吹(2年・藤枝東高)
MF 日高慶太(3年・桐蔭学園高)
MF 横川達郎(4年・渋谷教育学園幕張高)
MF 加美義人(4年・済美高)
FW 河井陽介(3年・藤枝東高)
FW 深澤良(4年・清水東高)
【慶應サブ】
GK 小島一輝(3年・愛知高)
DF 甲斐公博(2年・横浜F・マリノスユース)
DF 香川佑介(2年・横浜FCユース)
MF 松下純土(1年・國學院久我山高)
MF 山浦公裕(2年・FC東京U-18)
FW 風間荘志(3年・暁星高)
FW 森田達見(2年・川崎フロンターレU-18)
【慶應交代】
60分 深澤良→風間荘志
70分 加美義人→山浦公裕
85分 横川達郎→松下純土
【退場】
77分 慶大 藤田息吹 (警告2回目)

