日経電子版の記事を抜粋。来年からJ3が出来て、全国からJリーグを目指すチームが更に増える。(→詳細記事(Jリーグ、宮崎以外は…) 日本全国、全てのクラブチームがJリーグを目指す必要はないと思う。プロとしての経営が成り立たないチームまでが、Jリーガーという夢を餌に選手を雇うのは、健全とはいえないと思う。とは言いつつも、一方でJリーグという夢に向かって、地域が一つになり、子供に夢を与える光景は素晴らしい。
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●未来への種まき…サッカー人が地域とともに見る夢 2013/3/6
「人づくり」は企業社会にもスポーツの世界にも通じる大きなテーマだろう。今回は選手を育てる土壌となるクラブの在り方について考えてみたい。「サッカー人の、サッカー人による、地域の人々のためのクラブ」をつくってみたいという話だ。 山本昌邦氏
■会員数、2000人超えるクラブに成長
身内の話で恐縮だが、私には浩義という弟がいる。その弟が静岡県沼津市で運営するのが「
アスルクラロ沼津」というサッカークラブだ。23年前に近隣の幼稚園児を集めて弟がひとりでスクールを開いたのが始まりだった。
1期生の幼稚園児たちが小学生になると小学生の部ができ、中学生になると中学生の部ができた。高校生になると、そこから先は提携していたJリーグのジュビロ磐田のユースや高校のサッカー部に後を託す形をとってきた。そうやって地道に活動を続けている間に今や会員数が全国各地に2000人を超えるクラブに成長した。
クラブを巣立ったOBたちの中から、大学などを卒業して地元にUターン就職する子も増えてきた。そういうOBが集まって「おれたちもサッカーしたいよね」という話になり、社会人登録して静岡県リーグの下の方から活動を始めるようになった。すると、じわじわと県内で順位を上げて昨年は東海リーグ2部で2位になり、今年から東海リーグ1部で戦えるようになった。
■夢のJリーグの尻尾くらい見えたか
この上のリーグといえば、もうJFLになる。その上は来年から新設予定のJ3だから、夢のJリーグの尻尾くらいは見えるところに来た感じなのだ。 上のリーグにいけばいくほど道は険しくなる。勾配もきつくなる。実力的に強いチームが待っているし、出費もかさむ。JFLのような全国リーグで戦うとなると運営費、移動費、宿泊費など、やり繰りの難しい固定費が大きく膨らむ。
スタジアム等の問題もある。J3くらいになるとハードもそれなりのものが要求され、基準をクリアしないと仲間に入れてもらえない。「ここから先は無理だよ」と言ってくる知人は私の周りにも大勢いる。
しかし、地域に種をまき、地域に根差した大きな花を咲かせるという、ボトムアップ型の自立(律)したクラブをつくるのは、サッカーに携わる人間なら誰しも描く夢だろう。
コンピューターゲームでも自分好みのサッカークラブをつくろう、というゲームソフトが人気だと聞く。弟たちは、バーチャルではなくリアルな世界でそれをやろうというわけだから、本当に夢のある話だと思う。
■目的は選手育成とコーチの仕事の確立
もっとも、弟たちも最初からJクラブを目指す、という大それたことを考えていたわけではない。今もそうだが、一番の目的は選手を育てることであり、その育成を担うコーチの仕事を職業として確立することだった。
その目的に沿って子供たちと同時にコーチも育てているうちに一つ一つ階段を上がることになり、気がつけば、社会人のトップレベルに近づいていた、という感じなのだ。赤ん坊がどんどん大きくなるようにアスルクラロも自然に身の丈を伸ばしてきた。
では、この先、このクラブをどういう方向に発展させるべきなのか。地域に根付いた育成型クラブという根本は絶対に外せないと思う。
一般的に、プロ選手をプロのコーチが指導するのは当たり前でも、子供はボランティアの先生や親御さんの指導で十分だと思われがちだ。
しかし、子供を伸ばすということも実はかなり高度な能力が必要で、真剣にトレーニングの中身を考え、準備しようとすれば相当なエネルギーを使う。
惰性でやると、飽きっぽい子供はすぐに見抜いてそっぽを向いてしまうし、指導の中身も世界の潮流を見据えながらアップデートしていかなければならない。片手間でやれることでは決してない。
■育成年代の指導、プロコーチが担えれば
日本がサッカーの世界の頂点に立つには底辺の育成環境を良くすることは何より大事。そういう意味では育成年代の指導もプロのコーチがしっかりやれるようになれば、今より確実にレベルアップするはずなのだ。 世界的に見れば、そこまでの体制が取れている国は実は多くない。世界に先駆ける形で6歳でも8歳でも10歳の子供でも、教えるのはプロのコーチ、といえる体制がとれたら、もっと早く世界の頂点に近づけると思うのである。
弟たちとディスカッションしていると、運営形態でよく話題になるのがスペインのFCバルセロナだ。メッシやイニエスタ、シャビら名人クラスの選手を擁し、華麗なパスサッカーで世界中のサッカーファンを魅了する同クラブは、その運営もユニークだ。 カタールの財団や世界に名の知れた大企業がスポンサーとなり巨額の運営資金を提供する一方で、ソシオと呼ばれるクラブ会員が会費を納める代わりにトップである会長選挙の選挙権と被選挙権を持つのである。選挙という手段を介しながらソシオによる“自治”が可能になっているわけだ。
もし、これが日本でもできたら、どんなにすごいことだろう。地域から世界に羽ばたくクラブ、町づくりの中心にサッカークラブがある都市。そんな趣旨に賛同してくれるソシオ会員を募り、少額の会費を広く薄く集め、クラブの財政基盤にする。
クラブの会長は自分たちが暮らす地域とクラブについて一番理解があると思う人をソシオ会員が選ぶ。選任された会長はゼネラルマネジャー(GM)を選び、GMは監督と選手を集めてチームを強くする。主力は子供のころから自前で育てた選手たち。 こんなクラブができたら、真の地域密着型のクラブになれるだろうし、成功すれば日本全国にその仕組みを広げて同じ仲間を増やすことができるかもしれない。 既存のJクラブ、特にJ1の大手の強みは、なんだかんだといっても、出資企業の後ろ盾があることだろう。経営の安定感は、後ろ盾を持たないJ2の中から下のクラブとは段違いだ。 一方で、育成型の地域クラブに生き残りの可能性を感じるのは、国際サッカー連盟(FIFA)が選手の移籍金(違約金)を受け取る対象を、直近に在籍したクラブだけでなく、育成したクラブまでさかのぼって分配する制度を作ってくれたことがある。
■広島、移籍金ビジネスうまく回転させ強化
香川(マンチェスター・ユナイテッド)クラスの選手を育てられたら、その移籍金でナイター照明とか芝生の張り替え費用くらいは簡単にできてしまう。 そこまで話を大きくしなくても、例えば、日本でも、Jリーグの広島はそういう移籍金ビジネスをうまく回転させているクラブだ。 選手を育て、移籍金で得たものをユースの寮や練習施設の拡充にどんどん投資していった。それが昨年、Jリーグ・チャンピオンという形で実を結んでいる。 国の政策も総合型スポーツクラブの育成を後押ししている。アスルクラロもサッカー以外にテニス、新体操の部門があり、登山教室なども開いている。
地域住民が健康的な生活を送るのに寄与できるような、いいノウハウを持ったモデルクラブにアスルクラロもなってくれたらと思う。 こういう夢や目標を語ると「無理だよ」という人はいつの時代、どこの場所にもいるものだ。しかし、いくら国が政策を打ち出して笛や太鼓を鳴らしても、実際に踊るのは現場である。
踊る勇気を持ち、踊りたいと声を上げる人がいることで政策にも血が通う。今の日本は何をやるにも冷笑が先に来る社会になっている気がするから、よけいにそんな空気にスポーツで風穴を開けたい気持ちがわいてくる。 まだ、ソシオの仕組みを十分に理解しているわけではないし、日本でどうやって定着させるかはやってみないと分からない、トライアルの部分が大きい。バルサ方式がすべて素晴らしいとも思わない。 だが、ゴール裏で応援するだけでなく、クラブ運営にもっと直接的にかかわる手応えを持ってもらい、先祖代々、このクラブを支えてきたのは自分たちだという誇りを市民に持ってもらえるようなクラブになれたら、下のリーグに落ちてもクモの子を散らすようにファンが離れていくこともないだろう。スポンサー企業が離れたから消滅、ということにもなりにくいのではないか。 自分たちで選ぶ、決める、生み出す、そういうプロセスの中からワールドカップに出るような選手を育てられたら、本当に地域の宝として誇らしい気持ちを持ってもらえると思う。
■人々の交流エネルギー、全国に
仕事柄、サッカーの指導で日本全国を旅することが多いが、どこの地域でも感じるのは子供の活気くらい社会にパワーを与えるものはない、ということだ。勝つことも大事だけれど、人を育てる楽しみはもっと大きい。 アスルクラロでは子供の送迎を定年になったおじいちゃん世代の方がバスを運転してくれている。子供たちにも、おじいちゃん目線で接してくれている。あいさつをしっかりする大切さを教えてくれたり、頑張っているな、と声かけてくれたり……。
1人の選手が育つ過程では、サッカーのコーチだけでなく、本当にいろいろな人の手がかかっているものだ。選手は子供のうちはそのことになかなか気づかない。
でも、中学生や高校生になると、そういうものがだんだんと見えてくる。そういうことに気づく選手、素直に感謝の念が持てる選手に、プロに成った後、大成する者が多い。
運転手のおじいちゃんも自分が送り迎えした子供が大きくなってJリーガーや欧州のクラブで活躍する選手になってくれたら、元気の素になるだろう。
クラブとは本来、人間のそういうエネルギーが活発に動き、交流する場だと思うのである。そういう熱を持った場所が全国津々浦々にできたら……。 いずれは、そういうエネルギーをアジアに広げたい気持ちもある。 アジアの国々にはプロチームの下部組織はあっても、一般の子供向けのサッカー教室的なクラブはまだ少ない。これから経済が上向きになり、中間層が豊かになれば、日本で起きたような需要が必ずアジアでも起こるだろう。 そのとき、日本サッカーが培ったノウハウはきっと役に立つ。体つきや俊敏で器用といった特性が同じアジア同士似ているからだ。
東南アジアの国々はこれまで英国など欧州からサッカーのコーチなどの指導者を招くことが普通だった。が、欧州の指導方法より日本のそれの方が絶対に合うはずなのだ。
世界一になった「なでしこジャパン」はその見本だろう。東南アジアの女性たちにドイツやアメリカのようなサッカーをさせようとしても無理だが、小さくてもすばしっこい動きで相手を翻弄(ほんろう)する“なでしこスタイル”なら追求できるはずだ。
■子供の能力引き出し、伸ばす環境整備
そんな話を昨年、ベトナムで開いたサッカー教室で現地のサッカー関係者に向けて「成功は約束できないけれど、成長は約束できる」とスピーチしたら反響は大きかった。
日本もアジアも子供には無限の可能性がある。地域格差を理由にせず、子供の能力を引き出す、伸ばす環境を整備する。足元である地域で、100年先に向けて、明るい種をまく。それは、われわれ、大人の責任だと思うのである。
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