2012年9月8日土曜日

■「アスリートの顔」

以下、日経記事。ごもっともである。
逆に、露出しまくってる本人もキツイだろうなぁと察する。
ビーチバレーの選手も大変だったとか。
ただ、少しでも女子サッカーが盛り上がるんなら、ある意味いいのかなとも思う。明日の3位決定戦の結果よりも、ヤングなでしこ選手たちの4年後が興味深い。

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■9月7日 日本経済新聞朝刊 アナザービュー 武智幸徳 
運動部の記者として駆け出しのころ、先輩記者から、きつく戒められたことの一つが「選手の容姿を原稿の中でうんぬんするな」。もう30年近く前の話である。
 「美人ゴルファーとかダメなんですか?」「褒めているんだから、いいじゃないですか」と反論したら「それが競技と何か関係があるのか」としかられた。
 国籍も肌の色も宗教も年齢も容姿も関係ない。より速く、より高く、より遠くに、走れたり跳べたり投げられたりする人間を無条件にたたえる。情実の入り込む余地のない、真の実力主義にこそスポーツの文化としての値打ちがある。
 そう考えたら、美しいアスリートより、アスリートとしての美しさを表現できる方がよほど大事だろう。容姿という見かけに目を曇らせてはいけない。そういう教えだったのだと思う。
 そんな戒めをずっと守ってきた自分が最近は恐ろしく古めかしいように思えることがある。世間はそんなことにこだわってないよ。そんな孤立感にも襲われる。
 痛切に感じるのが、テレビのスポーツニュースを見ているときだ。
 ある競技の権威ある大会の結果を報じていたのだが、画面に映るのはその競技で美人と評判の選手の映像ばかり。その選手はミスにミスを重ね、散々な結果に終わりながら、試合後のインタビュー映像も流れた。
 報じられたのはそこまで。結局、その大会で誰が勝ったのかはテロップすら流れなかった。大会の結果よりも、勝者が誰かよりも、その選手の一挙手一投足の方が映す価値はある、ということなのだろう。
 「顔」のついでに。開催中のサッカーのU―20(20歳以下)女子ワールドカップは「ヤングなでしこ」の活躍もあって日増しに観客が増えている。客席からは通常のチャント(歌声)に交じり、若い男子たちの選手の名を呼ぶ野太い声がする。新たな客層の開拓に貢献しているようだ。
 若さがはじけるサッカーは好感度抜群で、アイドル的な人気が出るのは分かる気がする。ただ、ロンドン五輪で銀メダルを獲得した沢(INAC神戸)、宮間(岡山湯郷)ら先輩なでしこの風雪に耐え抜いた顔つきも素晴らしく、「女の顔も履歴書」だとつくづく思うのである。
-----------日経電子版 

【所要時間:15分】
顔は履歴書。
30歳過ぎたら自分の顔に責任を持たねば。